「避難」という用語の理解が生死を分けるかもしれない

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ここ数年は大規模な豪雨災害が頻発したこともあって、自治体からの避難勧告などの発令や、実際の避難行動、さらに避難所の開設などいった場面が度々ありました。それに伴って、避難勧告等の発令の内容やタイミング、避難のしかた、さらには避難所の開設や運営などが、マスコミを含め様々なところで話題になりました。

しかしながら、このようにあちこちで「避難」に関する説明、会話、議論が行われている中で、「避難」という言葉の意味や使い方に関して、若干の誤解や混乱が見られます。

災害に関する「避難」には、大きく分けて次の 2 つの意味があります。これらを正しく理解しておくことが、災害に対する備えや、いざという時の適切な避難行動に繋がると思いますので、今のうちにしっかり理解していただければと思います。

  • a) 命を守るために、危険な状況から逃れること(evacuation)
  • b) 居場所を失った方々が、仮の場所に一時的に滞在すること(sheltering)

それぞれ右側のカッコ内に書いたように、英語ではそれぞれ別の単語があるのですが、日本語では両方とも「避難」と呼ぶので紛らわしいのです。したがって、文章や会話の中で「避難」という言葉が出てきたら、この場合は a)、b) どちらのことなのか?を考えて区別しないと、誤解が生じたり話が噛み合わなくなったりします。

本稿では混乱を避けるために、上の a) を「避難行動」、b) を「避難生活」と仮に呼ぶことにします(注 1)。

典型的な例としては、これらが混同された結果、「避難 = 避難所に行くこと」という思い込みができてしまうという問題があります。しかも過去の災害事例で再三問題になっているように、避難所生活には様々な困難があり、特に目立った課題の一つとして、犬などのペットと一緒に避難所に入れないという問題があります。もしペットを飼ってられる方がこの問題を知っており、かつ「避難 = 避難所に行くこと」だと思いこんでしまうと、

避難所にペットを連れて行けない

自分は避難所に行けない

自分は避難できない

と考えて自宅にとどまり、結果的に災害に巻き込まれて犠牲になってしまうという悲しい結果になりかねません。

そこで「避難行動」と「避難生活」とを区別していただき、「ペットと一緒に避難生活ができない」としても、「ペットと一緒に避難行動をとることはできる」と考え、自分自身やペットの命を守る行動をとっていただきたいと思います。

以下、少し長くなりますが、これらの意味や根拠について具体的に説明させていただきます。

「避難行動 = 避難所に行くこと」ではない

まず、大雨や洪水による災害が発生するおそれがある場合に自治体から「避難勧告」などが発令されることがありますが、これは住民に「避難行動」を促しています。現在の場所に留まっていたら、土砂災害や浸水害などに巻き込まれる可能性があるので、より安全な場所に移動しろと言っているのです。

ただし、必ずしも「避難行動 = 避難所に行くこと」ではありません。例えば夜間であったり、周辺の道路が既に冠水しているなど、避難所まで移動することが危険なくらい状況が切迫している場合は、近隣のより安全な場所や、今いる建物の中でより安全な場所に移動すること(例えば 2 階に上がるなど)も避難行動に含まれます(注 2)。

ですから、仮に「避難所には犬を入れてもらえない」と分かっていても、近所のより安全な場所(例えばご近所の住宅やビルの上層階など)に犬と一緒に行くことができれば、とりあえず差し迫った危険から逃れられる可能性が出てきます。お住まいの地域のハザードマップなどを参考にしていただき、避難に使えそうな場所をあらかじめ考えておいていただきたいと思います。

「避難所」と「避難場所」

こうして、とりあえず難を逃れたあと自宅に戻れればよいのですが、自宅に何らかの被害が発生して住めない状況になってしまうと、そこから「避難生活」となり、多くの場合、自治体が用意した「避難所」に入ることになります。

ところで、上で「避難行動 = 避難所に行くこと」と書きましたが、これも実は正しい言い方ではありません。災害が発生したとき(もしくは発生しそうなとき)に、よく学校の体育館などを使って開設される場所が、「避難所」だと思われていることが多いのですが、実はこれに関しても次の 2 つの呼び方があります(これらは災害対策基本法で決まっています)。

指定緊急避難場所 切迫した災害の危険から身を守るために避難する場所として、あらかじめ市町村が指定した施設・場所
指定避難所 災害により住宅を失った場合等において、一定期間避難生活をする場所と して、あらかじめ市町村が指定した施設

(出典:内閣府(防災担当)『避難勧告等に関するガイドライン①(避難行動・情報伝達編)』2019 年)

つまり避難勧告が発令された際に「避難行動」として行く場所は、避難所ではなく「避難場所」なのです。一方で「避難所」とは、「避難生活」をするための場所です。ところが、これらが実際にどうなっているかというと、同じ場所が「避難場所」と「避難所」を兼ねていることが多いのです。

下図の左側は千葉県市川市が作成している洪水ハザードマップの一部で、右側はその凡例の一部です。まず右側の凡例を見ると、「避難場所」と「避難所」とが区別されていることが分かります。次に左側の図を見ると、小中学校には「避難場所」と「避難所」の両方のマークが付けられています。つまり、これらの場所は「避難場所」と「避難所」を兼ねているのです。

(出典:市川市洪水ハザードマップ

仮にこの地域において、大雨が続いたり川の水位が上がったりして災害が発生しそうな状況になり、市が「八幡小学校」や「平田小学校」などに「避難場所」を開設したとします。このとき近隣住民の方々のうち、特に浸水のおそれが高い地域にお住いの方々が、これらの「避難場所」に集まってくると考えられます。これは「避難場所」に対する「避難行動」です。

避難場所に入った方々は、雨が止んだり川の水位が下がるなどして危険な状況が過ぎ去れば、やがて自宅に帰っていきますが、その間に浸水被害が発生して自宅に住めなくなってしまった方々は、そのまま避難場所に留まるでしょう。このときから、これらの小学校が「避難所」となり、自宅に被害を受けた方々の「避難生活」が始まるということになります。

同じ場所がそのまま使われるので若干ややこしいですが、その場所が避難行動の行き先として使われるときは「避難場所」であり、避難生活のために使われるようになったら「避難所」ということです。例示した市川市のハザードマップでは避難場所と避難所が区別されていますが、このへんが実は自治体によってまちまちで、ハザードマップには避難場所しか載せていない例もあれば、避難所としか書かれていない例もあります。このような状況も混乱を招いている一因かもしれません。

まとめ – これからどうすべきか?

法律上の定義が絡む話でもありますので、若干長く理屈っぽい説明になってしまいましたが、まずは「避難行動」と「避難生活」を区別したうえで、適切な避難行動をとれるようにするための準備や下調べと、避難生活に入ることを想定した(備蓄などを含めた)準備とを、それぞれ進めていただきたいと思います。

このような基本的な用語をひとりひとりが理解することが、地元自治体の防災施策を理解するために必要であり、それらを踏まえて、災害のおそれがあるときに自分はどうすべきなのかを自分で考えられるようになれば、自分や家族およびペットの命を救える可能性が高まります。ぜひ平常時に時間がある間にこのような知識を身につけていただき、今後起こりうる災害に備えていただければと思います。

 

なお本稿に書かれている内容は、公的機関から発行されたガイドラインや、多くの先生方から教わった内容の受け売りが中心であり、私のオリジナルではありませんし、私独自の考え方でもありません。したがってこのページに記載された内容につきましては、(もしそのような価値があれば)ご自由に転載していただいて結構です。

 

注 1) 内閣府(防災担当)が 2019 年(平成 31 年)3 月に公開した『避難勧告等に関するガイドライン①(避難行動・情報伝達編)』では、

「避難行動」は、数分から数時間後に起こるかもしれない自然災害から「命を守るための行動」 である。

と書かれていますので、本稿はこれに従いました。

注 2) 前述の『避難勧告等に関するガイドライン①』では、今いる場所を離れて、自治体が用意する指定緊急避難場所や、近隣のより安全な場所に移動する避難行動を「立ち退き避難」、屋内に留まる場合を「屋内安全確保」と呼んでいます。また、「屋内安全確保」のうち、屋内の 2 階以上の安全を確保できる高さに移動することを「垂直避難」と呼んでいます。

注 3) 環境省が 2019 年(平成 30 年)に発行した『人とペットの災害対策ガイドライン』では、ペットとともに避難行動をとることを「同行避難」、ペットとともに避難生活をおくることを「同伴避難」と呼んで区別しています。

 

合同会社 Office SRC 代表 田代邦幸

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