数年前から私の周りで「After Action Review」(AAR)の重要性が話題に上ることが増えてきたように思います。AAR という用語を使わないとしても、緊急事態対応に関する事後のふりかえりや検証の結果を今後に生かすべきであることや、日本でそのような検証があまり積極的に行われていないのではないか、という議論が随分増えてきました。
特に政府の新型コロナウイルス対応に関しても、まだ完全収束してはいないものの、第一波をとりあえず乗り切って若干落ち着いたところで、政府の対応内容に関して AAR を行い、その結果を第二波への備えに生かすべきではないのか?という意見が聞かれるようになりました。この点については私自身もそう思っています。
例えば 10 月 23 日に東京ビッグサイトで開催された「危機管理産業展(RISCON)2020」で 15:00 から行われた『事例から学ぶ「検証」の重要性』というセッションでも、リスク対策.com 編集長の中澤さんは、雑誌『リスク対策.com』2010 年 7 月 25 日号で新型インフルエンザ対応の記録をいかに残すか、という主旨の特集を組んだことに触れ、果たして当時の経験から得られた教訓は(政府に限らず企業などでも)生かされているのか?今のうちに新型コロナウイルス対応に関する検証を行っておくべきではないのか?といった問題提起をされていました。
このような話を聞いて、そのとおりだと思いつつ、現在の政府がこれまでの対応を検証する可能性は低そうだなと思っていたら、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブが独自に検証作業に取り組んでおられ、それが書籍として出版されていることを知ったので、早速購入しました。
【書籍情報】
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(2020)『新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書』ディスカヴァー・トゥエンティワン(Discover21)
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本書では日本で最初の感染者が確認された 2020 年 1 月 15 日ごろから、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)2020」が閣議決定される 7 月 17 日ごろまでを対象として、政府の対応状況に関する検証が行われています。
ヒアリングやインタビューは当時の首相や官房長官、厚生労働大臣、新型コロナウイルス感染症対策担当大臣などといった主要閣僚や、専門家会議・諮問委員会・分科会メンバー、厚生労働省や経済産業省などの関係者、自治体や保健所など、83 名もの方々に対して実施されています。専門家会議や政府関係者などからのコメントの多くは匿名となっていますが、当時の意思決定のプロセスや活動状況などに関する説明やふり返りなどが具体的に記述されています。コメントの中には現場の本音と思われるような発言も多く、ヒアリングやインタビューが細心の注意を払って効果的に行われたという印象を受けました。
検証の対象も多岐にわたっています。本書の第 2 部「新型コロナウイルス感染症に対する日本政府の対応」に含まれる各章のタイトルは次のようになっており、これら各章において、インタビューやヒアリングで得られたコメントや各種資料に基づいて、事実関係が整理されています。
第1章 ダイヤモンド・プリンセス号
第2章 武漢からの邦人救出と水際対策強化
第3章 専門家の参画と初期の行動変容政策(3密と一斉休校)
第4章 緊急事態宣言とソフトロックダウン
第5章 緊急事態宣言解除
第6章 経済対策
第7章 PCR等検査
第8章 治療薬・ワクチン
第9章 国境管理(国際的な人の往来再開)
ひとくちに「新型コロナウイルス対応」と言っても実際には多数のプロジェクトが同時並行で進んでいた様子が、あらためてよく分かります。
ひととおり読み終えた感想として、本書は闇雲に政府の対応を批判するのではなく、かといって安易に擁護する訳でもなく、(私が申し上げるのもおこがましいですが)中立な立場で、当事者から適度な距離感をもって検証されているという印象を受けました。本書の最後(特別インタビューの直前)に次のような一節がありますが、このような姿勢が検証作業を通して貫かれていたからこそ、事実関係が周到に確認され、多面的な検証が実現されたのだろうと思います。
安易な総括は、安易な前例主義を生み、次の危機対応を危うくしかねない。政府の採った多くの対応は、与えられた制約条件のもとで関係者が知恵を振り絞って導きだされた答えである。そうした前提を含めて今回の対応の一つ一つを丁寧に分析し、評価し、その射程を見定め、教訓を次の危機に活かすことこそが、この検証の意義であると考える。
私自身を含めて一般の方々がこのような大規模な検証作業に関わる機会は少ないと思われますが、企業や自治体などで、自分自身が関わった緊急事態対応に関する事後検証を行うことはあるかもしれません。本書はそのような検証作業を行う際の手本としても、価値があるのではないかと思います。
私は kindle 版で購入したので物理的なボリューム感が分かりませんが、紙媒体だと 466 ページもあるそうです。安っぽい表現で恐縮ですが、多大な労力をかけて検証された結果をたったの 2,475 円(紙媒体だと 2,750 円)で読ませていただけて、大変ありがたいと思っています。しかも 7 月中旬までの対応内容が 10 月 18 日に発行されているという作業期間の短さを考えると、検証に関わった委員の方々やワーキンググループのメンバーをはじめ、出版社も含めて多くの方々が大変な努力をされたものと思います。
単なる読者である私が申し上げるのも変ですが、この努力の成果が第二波以降の対応に活かされることを切に願っています。
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ちなみに私が本書の存在を知ったきっかけは、「リスク対策.com」主催の「危機管理カンファレンス 2020 秋オンライン」の第 1 日目で、本書のために組織されたワーキンググループの一人である蛭間芳樹氏の講演を聴講したことでした。「リスク対策.com」からはいつも新しい情報や気づきをいただいており、大変感謝しています。
合同会社 Office SRC 代表 田代邦幸