当サイトにアクセスしてくださった皆様の中には、企業などで防災(もしくは災害対策)と事業継続マネジメント(BCM)の両方を担当されている方も少なくないでしょう。これまでの筆者のコンサルティングの経験においても、お客様側のご担当者の多くはこれらの両方を担当されていた方が多かったと思います。そのような事情もあってか、防災と BCM とが混同される場面が少なくありません。
もちろん地震や豪雨などの自然現象による災害が頻発している日本においては、このような災害に起因する事業中断に備えることは絶対条件ですので、防災と BCM を切り離して考えることはできません。しかしながら BCM に取り組む際には、防災とは異なる考え方やアプローチが必要になりますので、ここで防災と BCM との関係を整理しておきたいと思います。
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BCM では「製品やサービスの提供」を中心に考える
まず最初に、言葉の意味をあらためて確認しておきたいと思います。
一般的に「防災」とは、災害による被害を防ぐための取り組み全般を指す言葉です。近年は巨大災害による被害を完全に無くすことは出来ないという認識から「減災」という言葉が使われることもありますが、基本的にはこれも防災と同じ意味だと考えて差し支えありません。ここで、災害によって企業に発生する「被害」には、死者や負傷者といった人的被害や、建物や設備、商品、資材などの損壊といった様々な物的被害などが含まれます
これに対して BCM は、企業が災害や事故などに直面して事業活動が中断されてしまった際に、製品やサービスの提供を再開・継続するための能力を、必要なレベルに維持向上させるための活動を指します。
これらの間で最も大きな違いは、BCM が企業の「製品やサービスの提供」に関する取り組みであるという点です。別の記事で述べた BCP の説明にも、「製品やサービスの提供」という言葉が含まれていたことを再確認していただければと思います。
もし仮に、ある企業の工場での生産活動が 1 ヶ月止まったとすると、本来得られるはずだった 1 ヶ月分の売上が得られなくなります。これは災害発生直後だけでなく、事業活動が中断する期間の長さに応じて継続的に発生する被害と言えます。
事業中断による被害は売上だけではありません。工場からの出荷が遅れることによって顧客に迷惑がかかり、取引上の信頼関係が損なわれることもあります。場合によっては顧客が競合他社に乗り換えることにもなりかねません。また事業中断が長期化した結果、企業のイメージダウンに繋がる可能性もあります。このような被害は事業中断が長引くほど深刻になっていきますので、BCM においては事業中断をいかに短くするか、悪影響をいかに小さく抑えるかを考えていきます。
防災は義務、BCM は企業自らの意思で取り組む
全ての企業は従業員の安全を確保する責任を負っています(法律用語では「安全配慮義務」といいます)。したがって地震や豪雨などの自然現象や、火災や爆発などといったリスクから従業員を守るために、必要な措置を講じなければなりません。これは必ずしも「あらゆる災害に対して従業員の安全を 100% 保証しなければならない」ということではありませんが、全ての企業は従業員の命を守るために、一定程度の防災に取り組まなければならないことを意味します。
一方で BCM においては、どのくらいのレベルの対策が必要かは各企業が自ら決めるのが原則です。具体的には別途何らかの形で解説させていただきたいと思っていますが、前に述べたような様々な被害(売上、取引上の信頼関係、顧客の喪失、企業のイメージなど)が発生する可能性や影響の大きさなどを考慮して、事業継続の観点でどのくらいのレベルの対策が必要かを見極めていきます。このような見極めが、BCM に要領よく取り組むためのキモになります。
BCM では経営層の主体的な関与が必要
BCM では、経営層の主体的な関与が絶対に必要です。
もちろん防災に関しても、最終的には経営層が責任を持って取り組んでいく必要がありますが、防災と BCM とでは、経営層に求められる役割が大きく異なります。
前に述べたとおり、全ての企業は従業員の安全を確保するために防災に取り組む必要があります。また、従業員の安全を確保することだけを考えれば、防災にかける予算は多いに越したことはありません。もちろん実際には利益の確保との兼ね合いで予算枠が決まりますが、経営層は防災のための予算の確保に対して最終的な責任を負い、かつ全ての従業員が防災活動に積極的に取り組むようリーダーシップを示し、さらに実際に災害が発生した場合は、災害対応における指揮統制という重要な役割を担うことになります。
これらは BCM においても同様ですが、BCM ではこれらに加えて、経営層でなければ判断できない重要な選択を迫られる場面が度々発生します。
例えばある企業で、工場の生産能力などの制約から、顧客 A と顧客 B(いずれも重要顧客)の両方に対して同じように納品することができなくなるとします。このような場合、「顧客 A への納品を優先するために、顧客 B への納品を一定期間止める」というような判断が必要になるかも知れません。
顧客 A のためにはこのような判断が必要だとしても、結果的にはもう一つの重要顧客 B に多大な迷惑をかけることになります。場合によってはこれが原因で、顧客 B との取引が終わってしまうかもしれません。このような重大な結果を招きかねない判断を、生産部門や営業部門に任せることはできないでしょう。
BCM ではこのように、会社全体としての利益のために、部分的な(しかも重大な)不利益を受け入れるような判断が求められることがあります。このような判断を経営層が適切に行い、その結果に対して経営層が責任を負わなければならないため、BCM には経営層が主体的に関与する必要があるのです。
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本稿は、拙書『困難な時代でも企業を存続させる!! 「事業継続マネジメント」実践ガイド』(セルバ出版)の一部に手を加えたものです。是非拙書もお読みいただければ幸いです。
合同会社 Office SRC 代表 田代邦幸