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書籍紹介『大規模災害リスクと地域企業の事業継続計画』家森信善他(編著)

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本書は四部構成となっており、「第 II 部 事業継続計画(BCP)に関する企業意識調査」および「第 III 部 自然災害に対する中小企業の備えと、地域金融機関による支援についての調査」という 2 つの調査を中心として、第 I 部はこれらへの導入として背景事情の説明、第 IV 部はこれらの調査結果に対する各方面の有識者からのコメントという構成になっています。

第 II 部および第 III 部だけでも(私が申し上げるのもおこがましいですが)十分価値のある論文なのですが、さらに第 IV 部で様々な観点からのコメントが加わることによって、多くの新たな視点をいただけた本でした。

本書(および編著者らの一連の研究)の最大の特徴は、企業の事業継続にリスクファイナンスの観点からアプローチしていることです(注 1)。企業の事業継続にかかわるリスクファイナンスに関しては、詳しい解説やソリューションが多いとは言えない現状において、このような研究は貴重であり、私自身も勉強が必要だと思っている分野でもあります(注 2)。

第 II 部で は企業(特に中小企業)を対象としたアンケート調査の結果から、BCM に対する意識や取り組み状況などが分析されています。ここで示されている結果については、過去に行われた他の調査(内閣府やインターリスク総研、KPMG ビジネスアシュアランスなどによる実態調査)の結果と重複している部分も多いのですが、本書ならではのユニークな切り口もいくつかありました。

例えば、復旧のための資金源の重要性への認識と、BCP 作成状況との相関から、「(復旧のための資金源として)公的資金が重要だと思っている企業は BCP を策定していない」ことを見出した上で、「もし、公的資金での復旧に依存して、事前に BCP の策定が進んでいないとしたら大きな問題といえる」と指摘しています。大規模災害に対する無力感から、対策することを諦めてしまう企業が多いのではないかと思います。もちろん大規模災害から自力だけで復旧していくのは、どのような企業にとっても困難だと思いますが、各企業側でもできるだけ損失を軽減するための事前対策に取り組み、社会全体としての経済被害を少なくしていかないと、地域や社会全体としての復旧・復興の長期化を招きかねません。この部分に関しては企業に対する動機づけが急務なのではないでしょうか。

第 III 部の調査に関しては、地銀・信用金庫・信用組合の支店長に対して、融資先の BCM の状況に関するアンケート調査を行うというアプローチが画期的だと思いました(注 3)。金融機関の多くが融資先の BCM にあまり関心がなく、状況もよく把握していない(注 4)という現状は、実務経験を通して感じてはいましたが、これが具体的なデータで示されたことには大変重要な意義があると思います。このようなデータが、日本における BCM 促進のための政策立案などに活かされることを期待したいと思います。

 

本書に関して一点だけ残念なのは、一部の例外(注 5)を除いて、本来「事業継続マネジメント」もしくは「BCM」と表記されるべき箇所が、ことごとく「BCP」と表記されていることです。特に本書の重要なテーマであるリスクファイナンスに関しては、BCM の範疇で論じられるべきものです。このように有益な内容で、かつ様々な方面に影響力を持つと思われる本であるからこそ、このような基本的な用語は正しく使い分けていただきたいと思いました。

しかしながら一方で、この点について著者の方々を責めるのも酷だと思います。今のところ日本の産業界全体で、「BCP」という用語の誤用や、「BCP を策定すること」が目的であるかのような言説が横行しているのが現状です。 したがって本書における表記も、そのような現状に合わせるのが現実的であるという考え方もあり得ます。

そのような問題はあるにせよ、本書のユニークなアプローチを通して、単に「BCP を策定すること」にとどまらず、リスクファイナンスを含めた包括的な BCM に関心を広げていく方々が増えるのではないかと思います。そのような今後の広がりに期待したいと思います。

 

【書籍情報】

家森信善・浜口伸明・野田健太郎(編著)(2020)『大規模災害リスクと地域企業の事業継続計画 中小企業の強靭化と地域金融機関による支援』中央経済社。

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【注釈】

  1. 編著者の中で特に野田健太郎先生は、かつて日本政策投資銀行にて「防災格付融資」(現在の「BCM 格付融資」の前身)を開発された方であり、恐らく銀行在職当時から、この分野に関して問題意識を持っておられたのであろうと推察します。
  2. 私自身、損保会社のグループ企業で BCM のコンサルティングを担当していながら、リスクファイナンスに関して実践できたことは非常に限定的でした。この点はいまだに反省というか罪悪感に近いものを引きずっています。
  3. 東洋大学の金子友裕先生が、東日本大震災被災後の東北 6 県の税理士に対して、顧問先企業の倒産や復旧状況、および BCM に関するアンケート調査を実施した例がありますが、金融機関を対象とした調査は他に知りません。
  4. 金融機関の立場としては、融資先が災害などで倒産すると資金を回収できなくなるので、災害対策や BCM への取り組み状況を把握するインセンティブがあるはずだと考えられます。
  5. 例外として第 11 章では BCM に相当する箇所が「事業継続」と表記されて BCP と区別されていましたし、第 12 章では BCP と BCM が適切に使い分けられていました。

 

合同会社 Office SRC 代表 田代邦幸

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