本稿は、拙書『困難な時代でも企業を存続させる!! 「事業継続マネジメント」実践ガイド』(セルバ出版)の一部に手を加えたものです。 |
事業継続マネジメント(BCM)に関する仕事は「掛け捨ての保険」にたとえられることがあります。これは、BCM はあくまでも万が一の時に備えるための活動であって、事故や災害などが発生しない限り、これらの活動に費やした労力や費用は役に立たないという考え方によるものです。そのような認識のもとで BCM に取り組むのは難しいのではないかと思います。
ところが、BCM の成果を普段の商売に活かす方法があります。主な方法を以下に説明しますので、事故や災害などが発生しなくても価値を生み出す BCM を目指していただきたいと思います。
御社のセールスポイントとしてアピールする
もし御社が主に企業を相手に取引をしている、いわゆる B to B のビジネス形態であれば、御社における BCM の取組状況を顧客(および見込み客)にうまく説明できれば、これが御社のセールスポイントになる可能性があります。
特に最近は災害が頻発していることもあって、多くの企業が災害によってサプライヤーや業務委託先で事業中断が発生することを懸念しています。MS&AD インターリスク総研株式会社が国内上場企業を対象として実施したアンケート調査(注)によると、回答した企業の約 9 割が「サプライヤーが BCP を持つことは必要」だと回答しています。また回答した企業の約半数、製造業に限ると 8 割近くが、顧客から災害対策・BCP 整備に関連して何らかの要請をされたと回答しています。
したがって特に B to B の企業では、BCM に取り組んでいることが競合他社との間で差別化要因になる可能性があります。
もしかしたら読者の皆様の中には、「当社の BCM はまだまだレベルが低いから・・・」と躊躇する方がおられるかもしれません。しかし、完璧な BCM を実現できている企業など、まずありません。逆に、BCM に取り組み始めた企業すら少ない現状においては、取り組み始めただけでもアドバンテージになる可能性さえあります。BCP がまだ作成されていないとしても、「当社では社長を責任者として組織的に BCM に取り組んでいます」というような説明ができて、今後のロードマップを示すことができれば、顧客にとっては好印象です。
ぜひ営業部門や広報部門、マーケティング部門などとも協力して、御社における BCM への取り組みを売上アップや既存顧客との関係向上に役立ててください。売上に繋がる可能性が期待できれば、これらの部署からの協力も得られやすいのではないかと思います。
もちろん、その後の活動が続かなければ、逆にかなり印象が悪くなるリスクもありますので、頑張って活動を続けていただきたいと思います。
国際規格のネームバリューを利用する
前項で述べた、顧客に対する説明の中で、国際規格のネームバリューを利用することも一案です。これは特に海外の企業と取引がある企業にとっては有効な方法です。
BCM に関しては「ISO 22301」という国際規格があります。日本ではこれが和訳されて、日本産業規格「JIS Q 22301」となっています。この規格は世界中から BCM のエキスパートが集まって議論を重ね、彼らの持つノウハウや経験を反映させて作られたもので、世界各国で広く活用されています。
そこで、国際規格に書かれている基本的な部分を自社の BCM に採り入れ、社外に対して「当社は国際規格 ISO 22301 に基づいて BCM に取り組んでいます」と説明することができれば、BCM に関して決して場当たり的ではなく、組織的かつ計画的に取り組んでいるという印象を持ってもらえます。
しかしながら、規格に書かれている要求事項を全て実施するのは大変です。そこで、まずは以下に説明する 2 つのポイントを押さえることをお勧めします。
1 つめは用語の定義です。残念ながら日本では、「事業継続計画」、「訓練」、「演習」などといった基本的な用語に関しても、多様な定義が入り乱れているのが現状ですので、まず規格に記載されている用語の定義を確認し、正しい用語を使うようにしてください。
2 つめは活動全体の枠組みです。規格では BCM に必要な活動の全体像(別記事にて説明しています)が説明されています。これら全体をどのくらいのスケジュールで進めていくのか、大枠で構わないので計画を作り、経営層の承認を得て進めてください。
これら 2 つができていれば、社外に対して「当社は国際規格に基づいて BCM に取り組んでいる」と胸を張って言うことができます。
なお、この規格に書かれている要求事項を全て満たしていることを、外部の審査機関に確認してもらい、認証を取得できるという制度があるのですが、これは少々ハードルが高いと思います。したがって認証を取得するかどうかは、BCM の活動がある程度軌道に乗った後に検討されると良いと思います。
業務プロセスの効率アップに役立てる
BCM に欠かせない作業のひとつとして「事業影響度分析」があります。事業影響度分析においては、社内の業務プロセスや経営資源の状況を調べていきます。
ここで思わぬ副産物として、日常業務において改善すべき課題が見つかることがあります。
かつて筆者が担当させていただいた大手サービス業のお客様で、事業影響度分析のためのヒアリングを実施した時に、不思議な帳票が見つかったことがありました。複数の部署から業務プロセスのフローチャートを見せてもらい、前工程の部署と後工程の部署との連携を確認していたのですが、前工程で作成された帳票のうち、後工程で使われていないものが一つ見つかったのです。
最初はお客様も半信半疑だったのですが、よくよく調べてみると、後工程の業務改善で手続きが変わったという情報が、前工程の部署に伝わっていなかったことが分かりました。試しに前工程の部署で、その帳票の作成を止めて 1 ヶ月様子を見てみたのですが、業務に全く支障がないことが確認できたため、その帳票は正式に廃止されました。
事業影響度分析では、業務プロセスの最初から最後まで通して確認していきますので、日常業務の中では見落とされているような問題やムダが見つかる場合があります。このような成果が得られる可能性もあることを含めて、経営層や各部署の方々に説明していただくと、協力を得られやすくなるのではないでしょうか。
損害保険の見直しにつなげる
多くの企業で建物の火災保険などの損害保険を契約されていると思いますが、御社にとって現在の契約内容は十分でしょうか?また、逆に、手厚く保険をかけ過ぎているものはありませんか?
これまで保険会社や保険代理店から様々な損害保険を勧められたと思いますが、残念ながら御社にとって必要な保険と、保険会社が売りたい保険とが常に一致しているとは限りません。
事業影響度分析の中で、製品やサービスの優先順位や資源の状況などを調べていくと、事業継続という観点から考えて必要な損害保険と、現在の契約内容とのギャップが見えてくることがあります。もしそのようなギャップが見つかった場合は、それをもとに保険会社や保険代理店と相談することをお勧めします。結果として従来の保険で不十分だった部分がカバーされるようになったり、過剰にかけすぎていた部分を減らして保険料の支払額を削減できる可能性があります。
企業によっては BCM と損害保険とでは担当部署が別かもしれませんが、その場合でも部署間で協力しあって、BCM と損害保険との相乗効果を発揮できるような取り組みを目指してください。
(注)
MS&AD インターリスク総研株式会社(2019 年 2 月)『第 8 回 事業継続マネジメント(BCM)に関する日本企業の実態調査 報告書』 https://www.irric.co.jp/pdf/reason/research/bcm/bcm_8.pdf (アクセス日:2021 年 3 月 15 日)
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本稿は、拙書『困難な時代でも企業を存続させる!! 「事業継続マネジメント」実践ガイド』(セルバ出版)の一部に手を加えたものです。是非拙書もお読みいただければ幸いです。
合同会社 Office SRC 代表 田代邦幸